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最近の更新(10年01月〜06月)


福田真也 『Q&A 大学生のアスペルガー症候群』(明石書店)
 発達障害についての理解が少しずつ広がってきたのはたいへんよいことで、小中学校ですでに本人にも告知の上療育を受けてきたケースも増えてきた。大学での対応も少しずつ整ってきたが、小中高とはまた違った問題の局面がある。著者はずっと発達障害の大学生の臨床にかかわってこられた方で、本人、家族、カウンセラーに向けて、Q&A形式で分かりやすいというだけでなく、最新の情報と豊富な事例で実際に役に立つように書かれたガイドブック。

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フィリップ・K・ディック 『未来医師』(創元SF文庫)
 なんと今になっての、50年前の作品の初訳である。タイムパラドックスネタで、懐かしのSFらしい強引さがよい雰囲気ながら、治療が犯罪だったり、アメリカの起源がかかわったりと、ヒネリの効いた運びもあって、一気に読み終えてしまった。幅広い読み手に勧められるものではないが、50〜60年代のSFに親しんだ経験があれば、特にディックのファンではなくても楽しめると思う。

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ナンシー・クレス 『アードマン連結体』(ハヤカワ文庫SF)
 日本独自編集の第二弾短編集。『ベガーズ・イン・スペイン』を読んで次はプロバビリティ3部作に取りかかるぞといっておきながらまだ読んでいません。今回の作品は『ベガーズ・・・』以上に好みでした。解説にも書かれていますが、女性や子供や老人の視線とテクノロジーの交わりの丹念な描写が、世界の別の見方を教えてくれる。シンプルなアイデアものや凄惨な結末ものもありますが、タイトル作などやや長めの作品の書き込み方が楽しめます。今度こそ3部作読みたいと思います。

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平井孝男 『境界例の治療ポイント』(創元社)
 学生相談と境界性パーソナリティ障害というのは、たいへん困難な組み合わせだ。ただでさえ少ない時間をやりくりしてもらっている非常勤のカウンセラーに、BPDが疑われるケースが重なると、リソース的に対応が難しい。かといって教員の相談担当者には荷が重い。おかしな話だが、BPDが疑われるケースが相談につながりにくいために、なんとか相談室が回っているという事になりかねず、これはなかなか不幸なことというべきであろう。最近はアスペルガーはつながりやすくなったがADHDはあいかわらずつながりにくいというのは、どこでも同じかもしれないが、似たような事情かも知れない。さて本書はもう古い本ということになるが、逐語録に基づいて、対話形式でカンファレンスのように記述されているのがユニーク。専門医に聞いてみたいことが、あちこち、どこかで出てくるので、無精して部分的に参考にするというような読み方になって結局実にならない、ということがない。帯にもあるが患者にも家族にも読める、BPDへの人間的な対応の入り口になる本だと思う。

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大久保加津美 編著、柴田ひろあき 写真 『MAGIC BOYS マジシャンたちの肖像』(きんとうん出版)
 私は勤め先の学校で、奇術部の顧問をしている。部活としてはわりと珍しいので、地域のイベントや施設のボランティアなどにもよく声をかけていただくが、たまにテレビや本の企画が持ち込まれることがある。以前、ハリーポッターならぬホリーポッターというコーナーの企画があるので取材させてほしいと、某局の番組スタッフが訪ねてきたが、そのコーナー自体が没になったようだ。最近も別の局の問い合わせに答えたが、その後、音沙汰がない。まあそんなもんだろう。この本の企画も、最初に聞いたときは、正直ちょっと疑った。でも、取材にやってきたエディターの方もカメラマンの方も、たいそう熱心で、丁寧に話を聞いて、写真を撮っていったので、好感が持てた。テレビの人たちは、企画として受けるか?という目で見ているのがよくわかった。でも、この人たちは、とにかくマジックに熱中するヒトビトに好奇心をもって迫ってくる。受けるかどうかではなく、初めからマジシャンのナゾを解き明かす意気込みで、ホンキだな、という印象を受けたのだ。でもやはり、出版までの道のりは険しかったようだ。一度は計画がとん挫したようで、取材の時の写真を立派なパネルにして、お詫びとして送ってくださった。ああ、やっぱり、出版も不況だしね、という気持ちだった。ところが!大久保さんたちはあきらめていなかったのだ。私たちが取材を受けてからもう丸4年たって、ついに、出版にこぎつけたというのである。さっそく読んでみると、老若男女さまざまな、マジックに取りつかれた人たちが、それぞれの切り口で、印象深い写真とともに「なぜマジック?」に答えている。私の学校の奇術部員たちも、一ページを飾らせていただいている。不思議な本ですが、ぜひお買い求めください。

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大杉昭英 編著 『高等学校新学習指導要領の展開 公民科編』(明治図書)
 宣伝が続くようですみません。今度、学習指導要領が新しくなりました。私は高校公民科の『現代社会』にかかわっているのですが、その解説本です。私の執筆箇所で、『現代社会』をどう変えたかを分かりやすく説明したつもりです。今回の改正は、理数の脱ゆとりが取りざたされていますが、『現代社会』もけっこう気合入っているんですよ。一言でいえば、社会事象を取り扱うのに倫理判断を自覚しないなんてありえない、ということです(本ではそうは書いていませんけどネ。この手の解説書にはお約束の文体があるということです)。関係者以外には読まれない本ではありますが、しかし関係者は是非読んでくださいな。そして私の思いをくみ取っていただければうれしいのです。これから教科書作るのは大変ですけど、各社からどれだけ、どのように倫理判断を織り込んだ教科書が生まれてくるのか、楽しみでもあり、不安でもあります。

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スタッズ・ターケル 『スタッズ・ターケル自伝』(原書房)
 2008年に96歳で亡くなった彼が、人生とアメリカについて語りつくした一冊。映画、ジャズをはじめとする音楽、文学の蘊蓄と、シカゴの安宿でフロントを務めた少年時代と家族が、波乱万丈の仕事と人生を編み上げていく。ラジオやテレビの草創期や、アートやジャーナリズムのエピソードも豊富。あまりにも多くの人々が登場するが、親切な訳注が知識不足を補ってくれる。でもこの自伝の感動を支えているのは、やはり著者のまなざしであり、それはたとえば短い第26章などにはっきりと表れている。私はここで泣いた。分厚くて、そこそこ値段も張るが、見つけてすぐに買って、買ったらすぐに(もったいない、もったいないと思いながら)読んでしまう、そういう本だ。

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イアン・サンソム 『蔵書まるごと消失事件』(創元推理文庫)
 タイトルに惹かれて読んでみた。主人公はさえない司書の男で、出来もあまりよくないので仕事がみつからず、かろうじて書店で働いていたが、北アイルランドの田舎町でようやく司書の仕事にありつけると思ったら、実際はおんぼろのバンの移動図書館、しかも本館は閉鎖され蔵書は根こそぎなくなっているという話。とにかく笑えるのが、ユダヤ人の主人公イスラエルと、北アイルランドの田舎町の住人のやりとり。きわどい皮肉たっぷりで、大丈夫なのかと思うほどだ。まあ一番露骨に罵倒されていたのは、ハリーポッター本ではあったが。謎解き、犯人探しのミステリとしては、なんとなく想像していた方向で合っていたので、かなり物足りないが、本好きにはたまらないエピソードや魅力的なキャラクターがそろっているので、ユーモア小説として続編も楽しみにしたいと思う。

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L.ビンスワンガー 『思い上がり ひねくれ わざとらしさ』(みすず書房)
 来月から担当部署が変わるので、デスク周りの整理を始めたら、すでにあふれている研究室の書棚が洪水になった(というか、実際に鉄砲水というか土石流が出た)ので、かなり根本的な整理を始めざるを得なくなった。研究室から離れたところにある書庫に運び出す本を選び始めると、これがまた難しい。そういえばこの本は、今の問題意識で読み直すとどうだろう、というような関心が次々とわいてきて、片付けようがなくなる。
 ビンスワンガーなんて、今、どういう関心で読まれるのだろう、そもそも読まれているのだろうか、とめくってみたら止まらない。臨床心理学をやっている、というよりは日常的に学生相談に当たっていると、当然のことながら極めて限られた条件の中で対応すべき現実的な問題が多いので、私の立場などはカウンセラーというよりもコーディネイターに近く、またその意義や位置づけも重要なテーマなのであるが、もともとが私も哲学・倫理学のヒトなので、こういう本を読むと止まらなくなる。彼の現存在分析は、現象学、実存主義哲学そのものだが、ただあらためて本書を読むと、実はそれこそ当たり前なのだが、臨床のヒントがぎゅうぎゅうに詰まってもいたのだ。思いあがり、ひねくれ、わざとらしさは、むしろ学生相談においてこそキーワードになりえるのではないか、と今になって強く思う。ちょっと思ったのは、哲学的な用語を端折って読んでも、実は意味が通るのではないか、そういう読み方をして「役に立つ」レファレンスになるのではないか、ということだった。無茶だとは思うが、せっかくなのでしばらく少し意識の片隅に置いてみようという気になっている。

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和田武司・訳 『中国の思想5:墨子』(徳間書店)
 「先生、孔子、好きでしょ」最近、学生にそう話しかけられて、一瞬驚いた。「うん、わりと好きだよ」。どの内容に熱が入っているか、ムラがあるようではいけないのかもしれないが、それにしてもそこを観察しているとは、学生さんさすがです。試験のヤマが当てられないように注意しないといけませんね。そういえば、講義では名前を挙げるだけなのですが、「僕はちょっとこの、墨子って面白いと思っていて」などと少し寄り道をしたら、これまた別の学生が、休み時間に「墨子面白いですよね」と声をかけてきた。理工系の学校なのに、こういう学生さんたちがいるから、私も楽しく講義ができるのである。
 墨子というと、教科書的には、兼愛とせいぜい非攻というキーワードを覚えるくらいで済んでしまう。でも、後に墨家(墨者)は、攻撃はしないが防衛のためなら命がけで戦う訓練をして、弱小者の防衛に当たるなど、集団としては非常に面白いのである。一時は儒家と対抗する一大勢力であったと言うのも、庶民の立場で読む限り墨子の言葉はわかりやすく合理的なので、むべなるかなというところである。秦漢帝国の時代には衰えてしまう墨家だが、体制の支柱として興隆していく儒家思想と対比させると、なおその瑞々しさが際立つようである。

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C.レヴィ=ストロース 『レヴィ=ストロース講義』(平凡社ライブラリー)
 いきなり余談めくが、テキスト類の編集や年度更新をしていて、現代の思想家の生没年を記す時、「はてこの人はまだ生きていたのだったか? 亡くなったというニュースは聞いていないよな?」と毎年引っかかっていた一人である。さすがにレヴィ=ストロース、逝去は大きなニュースであった。しかも満100歳である。惜しむべきではあるが間違いなく、来年度版で没年を入れ忘れることはないであろう。
 これを機に、今やほぼ四半世紀前となってしまった、3日間にわたる来日講演の記録を読み直してみた。もともと、これも今はなきサイマル出版会から出ていたものが、今は平凡社ライブラリーで読める。5年前にこの版が出たときに、レヴィ=ストロースは謝辞を寄せているから、「現代世界と人類学」というテーマのこの内容が引き続き読める事を本人が認めたわけである。今日の世界において、文化人類学は何ができるのか。文化相対主義については、この間の論争もあったが、彼がいうような、ごくシンプルだがもっとも重要な役割、他のあり方もあるのだということに気づかせて、性急に排除せず鷹揚に構えることの重要性は、むしろ増していると思う。取り上げられている数多くの挿話は、むろんいまだに刺激的である。
 さらに本書の素晴らしいところは、レヴィ=ストロースの講演内容はもちろんだが、質問者の幅広さと贅沢さにもある。人類学者はもちろん、法学者や財界人など、それぞれの視点で、深い問いかけをして、レヴィ=ストロースが誠実に答えている。
 この機にレヴィ=ストロースを読みたいとか、私のようにしばらく遠ざかっていた者が読み直したいとかいうときに、たいへんよい手がかりとなる講演集と思う。とはいえ、やはり『神話論理』にそろそろ取り掛からないといけないか。重いなあ・・・

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ヴィカス・スワラップ 『ぼくと1ルピーの神様』 (ランダムハウス講談社)
 映画『スラムドッグ&ミリオネア』の原作。映画は見ていないし、原作のほうが面白いと聞いて、読んでみた。クイズに全問正解を出した貧民出身の青年が、不正を疑われて逮捕される。弁護士に助けられ、一問一問になぜ正解したかという理由が、青年が生きてきた一つ一つの驚くべき人生のエピソードにある。インドの厳しい現実ゆえに、これを御伽噺と呼ぶときに、その落差が引き立つようだ。単純にエピソードを並べるだけではなく、クイズや警察の裏事情もあったり、最後まで驚きのどんでん返しがあったりして、途中でやめられない面白さだった。

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ダン・シモンズ 『へリックスの孤児』(ハヤカワ文庫SF)
 短編5本収録。この人は長編も短編もそれぞれの面白さがある。帯には長編シリーズの収録をうたっているが、大変面白かったものの長編のディテールをそろそろ忘れかけている自分には、独立したストーリーのほうが、私としては楽しめた。『ケリー・ダールを探して』は、いかにもシモンズらしいシニカルなロマンスだし、『カナカレデスとK2に登る』は、奇妙なユーモアに引き込まれて感動的な最後を迎える。とはいえどの作品も複雑な味わいだ。作者自身のコメントも楽しめる。

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小方厚 『音律と音階の科学』(講談社ブルーバックス)
 本職はプラズマ物理学のヒトらしいが、音楽好きが嵩じてこんな研究もしてしまいました、というところがすばらしいです。畑違いの研究だからこそ、音楽の専門家の常識をひっくり返すような成果がところどころに出てくるのも面白い。ほとんどの楽器は、人間が最も聞きやすい音域から外れているというのもなるほど、です。赤ちゃんの鳴声や女性の悲鳴の音域です。たぶん、聞きやすい音域が中心だと聞き疲れてしまうのだろう、という事に納得です。ブルーバックスですから多少数式が出てくるところもありますが、そこは飛ばしても、音楽好きにはおおいに楽しめる本だと思います。

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