バックナンバー(99年1月〜3月)




ダン・シモンズ 『エンディミオン』(早川書房)
 『ハイペリオン』・『ハイペリオンの没落』と読み進んでしまったファンとしては、渇望の続編。まだ読んでいない人は、やはり『ハイペリオン』から順番に行ってください。今回も2段組で600ページ近くあって、そりゃあもう、幸せ。息もつかせぬ展開、並の想像力を絶する発想、人物や歴史の詳細な書き込みが、「読み始めたらやめられない、けれど読み終わるのが惜しい!」という、もうどうにもならない悦楽を与えてくれる。32世紀の惑星ハイペリオンの青年エンディミオンが、《時間の墓標》から現われた少女アイネイアーを連れて、廃れていた転移ゲートを甦らせながら、さまざまな世界を通って逃れて行く。追っ手のデ・ソヤ神父大佐の冒険も壮絶。かの寄生体「聖十字架」を宿した人々は、量子化の都度死と復活を繰り返しながら追いつづけるのである。今回は伝説のシュライクのみならず、新たな恐るべき殺戮者も登場。『ハイペリオン』と『ハイペリオンの没落』が、いわば物語の裏表をなしていたのに対し、『エンディミオン』と近刊の "The Rise of Endymion" (これはキーツの詩にはないようだ)は続きもののようで、読み終わったという気分にはなりきれない。ひたすら待つのみ。つらいようなうれしいような。

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J.G.バラード 『殺す』(東京創元社)
久々のバラードの翻訳がまず無条件にうれしい。しかし、このご時世でこのテーマだから、この中篇がハードカバーで出せたとすれば、どこをどうとも言いにくいが、引っかかるところはある。タイトルはごついが、原題の "Running Wild" の訳としては名訳か。読み始めればすぐ、高級住宅街の大量殺人の犯人の予想はつくだろう。そして、その予想通りの展開が続く。ネットワークが絡んだ方が今なら現実的かとも思うし、犯人の描き方に物足りなさもあるが、そこはそれ、いつものバラードらしいとも言えないこともない。例によって、後味のすっきりしない小説が好きな方にはオススメ。自身の脚本により映画化予定とのことだが、どのようなものになるのだろうか。

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スティーヴン・ライト 『M31』(角川書店)
帯に書いてある惹句は、いずれもどうも的外れなような気がする。これはどうしようもなく陰惨な物語である。たとえば「サイケデリック・カルト・ノベル」と書いてあるが、カルトな小説なのではなく、カルトを描いた小説なのだ。UFOカルトの決り文句の羅列がそう感じられるとすれば別だが、ほとんどサイケデリックとも感じられなかった。むしろこれは、いたってリアルにUFOカルトの穏やかな狂気を描き出した小説として秀逸なのだ、と思う。これを読むと、傍から見ているとなぜあんなものにはまるのかさっぱり理解できない、カルトの凄惨な居心地良さがよく分かる。描かれているファミリーの様子やそこでの出来事は、例えばそのうちのほんの一つが似ていたり起こったりしただけでも、フツーの家族なら完膚なきまでに崩壊させられてしまうような事ばかりである。しかしここではそんな事が日常茶飯のように繰り返され、しかもそれがカルトの居心地良さを増していくのである。実にリアルな恐ろしさのある小説として、傑作である。

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吉田寿夫 『本当にわかりやすいすごく大切なことが書いてあるごく初歩の統計の本』(北大路書房)
もんのすごいタイトルであるが、よほどの自信がないと、こうまで思い切ったタイトルはつけられないだろう。私はもともとは倫理学を学び、のちにカウンセリング心理学に転じたので、アタマの柔らかい時期に統計学を学んでいなかった。いざリサーチという段階で必要に迫られて特訓?したので、まあ正直なところかなりな付け焼刃である。教育統計で使われる手法は限られているとは言え、かなり無茶かましている私が見てもさらに無茶な使い方をしている研究などに出会うこともしばしば。「統計学者や統計学徒になるつもりはないが、道具としては必要」という人に「本当にわかりやすい」本が必要だとは、ずっと思ってきた。初歩のなんたらとか、うんたら入門という類の参考書はいっぱい読んできたのだが、本書はたぶん、決定版といってよいと思う。記述はかなり思い切ったものになっているし、「適切な検定の選択」に章を割いているところなど、まさにうってつけの参考書である。もっと早くに欲しかった本である。おすすめ。

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ポール・J・マコーリイ 『フェアリイ・ランド』(早川書房)
謳い文句は「テクノゴシックロマンス」だとか。ネットワーク、バイオハック、ナノテクといった、サイバーパンクからポスト・サイバーパンクにかけての設定や小道具が総登場する。フェアリイ・ランドすなわちディストピアというのも図式的だし、登場人物がいま一つ垢抜けないし、中盤以降のサバイバルな展開も僕にはちょっと中だるみに思える(ただしこれは戦闘シーンが好きな人には重厚な楽しみになるのだろう)。物語として量はともかく厚みに欠ける気はするが、しかしオチはかっこいい。かっこよすぎて、このオチに引っ張るために延々と読まされてきたのかと思うと、釈然としないところも少々・・・。それにしても、こういうのを読むと、ネットとバイオとナノテクをくっつけると、ほとんど何でもありになってしまうことに改めて気づかされる。むしろどこで抑えを利かすかが、この手の物語の面白さになるのかもしれない。

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井上果子・松井豊 『境界例と自己愛の障害』(サイエンス社)
「ライブラリ思春期のこころのSOS」の一冊。Q&A形式で人格障害についての理解を深め、治療に役立てることができるように工夫されている。記述がたいへん平明で読みやすい。故ダイアナ妃の分析は興味深かった。人格障害が疑われるクライアントの面接は、カウンセラーにとってはたいへんなエネルギーを消費するものだが、カウンセラーでなくとも、日常生活において身近なところで人格障害のある人に接して苦い思いをしている人も多いだろう。第一部は、そういう人にも役立つだろう。第二部の治療論では、非常に治りにくいというのが定説の人格障害に、精神分析ではどのようにアプローチするのかがよく分かる。

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國分康孝監修・河村茂雄著 『崩壊しない学級経営をめざして』(学事出版)
著者の河村先生は、東京の小学校の先生としてつとめながら、教育相談や教育調査を重ね、綿密な研究で博士号まで取られ、現在は岩手大学の先生。本書では、児童の認知や教師のタイプなど、調査研究に基づく実証的なデータをもとに、具体的な学級経営の方法を体系的に説いているので、説得力があるとともに、すぐれて実用的である。ぜひ多くの教師に読まれてほしい本。

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清水義範 『おもしろくても理科』(講談社文庫)
清水・西原コンビの最初の作品。これは面白かった。91年から94年にかけて連載されたものだから、ちょっと古くなってしまったところもあるが、分かりやすい語り口と西原マンガの毒の対比が味わい深い。ただこれで理科アレルギーがなくなるとは思わないが。

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西原理恵子 『できるかな』(扶桑社)
西原マンガの単行本。ロッキングオン連載の四コマは立ち読みしていたせいか読むと思い出す。「できるかな」は秋月電子で買って人に組み立てさせたガイガーカウンターを持って「もんじゅ」に取材に行ってしまうのとか、「町内まんが」は赤裸々なタイ生活の現実とか・・・。まとめて読むとさすがに・・・異常に濃い。マンガだからと侮っていると読み終わらない(笑)。それにしても鴨ちゃんは無事戦火のアルバニアから帰ってきてご主人様になれたんでしょうか(気がかりその一)。豪華付録「千年使えるカレンダー」つき。作っちゃいました。デスクがすっかり華やかになって幸せです。そういえば西原画伯はミッフィーがお好き/お嫌いらしい。あさひ銀行のマグカップは無事手に入れられたのでしょうか(気がかりその二)。

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東京都高校倫理研究会 『キミの悩みに乾杯!』(毎日新聞社)
これは私の所属する研究会の渾身の一冊。堂々と宣伝してしまいます。私達がさまざまな学校で出会ってきたさまざまな高校生たちのエピソードを紹介し、また全国の一万人の高校生の声を集約した意識調査のデータも合わせて、今を生きる高校生の姿を描き出しています。私達もここで高校中退、いじめ、拒食、援助交際、出産など、実話に基づいたエピソードを語っていますが、マスメディアがセンセーショナルに、あるいは面白半分に取り上げる取り上げ方との違いを、ぜひ読み取っていただきたい。特別にカバーも載せちゃおう(^^;。

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竹内敏晴 『教師のためのからだとことば考』(ちくま学芸文庫)
竹内敏晴の『からだとことばのレッスン』は、どんな心身論よりもそれこそからだとことばにひびく本だった。この本は、小さな文庫本だが、いやしくも教育で飯を食わせていただいている者にとっては、とてつもなく重い本である。ことばがとどいていないことに気づいていない、からだのおもさすらかんじることもできない、そういうところで「教育」や「学校」が成り立って?いるという重大な事態に、私達は直面しているというか、只中にいるということに否応なく向き合わされる本である。一人の教員として一人の親として、私はここに書かれていることがほんとうにこわい。ほんとうのことだから、ほんとうにこわい。

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清水義範 『どうころんでも社会科』(講談社)
西原理恵子のマンガとの組み合わせで『おもしろくても理科』『もっとおもしろくても理科』というシリーズがあったのだそうで、これはその続編とのことである。西原マンガはやはり壮絶であるが、いまいち文と絵のかかわりに緊張感がないような気もする。理科のシリーズはそこが面白かったらしい。もっとも内容はなかなかためになる話である。コンブの話は面白かった。今度は理科を読んでみよう。

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